「幽霊刑事」 有栖川有栖


「幽霊にだって、泣くことはできたのだ」

 有栖川有栖著、「幽霊刑事」の主人公は、タイトル通りの幽霊である。
 主人公神崎は、殉職した父の後を追って刑事になった正義感溢れる男だ。同じ科に勤務する森須磨子と婚約し、これから人生を謳歌するという時に、夜の浜辺で上司の経堂刑事部長に銃殺される。だが、次に気づいた瞬間、彼はまばゆい光に包まれた幽霊になっていた。理不尽な己の運命を呪う神崎であったが、やがて自分を殺した経堂を捕まえるために、幽霊としての力を使って捜査をすることを決意して…。というのが大体のストーリーである。
 主人公が、幽霊になって活躍する話というと、真っ先に「ゴースト、ニューヨークの幻」が思い出されるだろう。無念のうちに死んだ男が、残された恋人を守るために奮闘する。だが男は彼女に触れることすら叶わない。切なく、心打つ作品として記憶に残っている。幽霊刑事の神崎もまた、恋人の須磨子とコンタクトを取ることが出来ない。二人は側にいながらにして、リアルとアンリアルの境界によって、引き裂かれている。それでもなんとかして、自分の感情を、自分の存在を知らせようとする。
 我々はどうだろうか。同じリアルの側にいながらも、我々は他人に対して鈍感だ。そして自分にすら鈍感で、自分を偽り、飾り立て、日々を生きている。違う境界から懸命に叫ぶ声、神崎の声は我々には届かないかもしれない。だがせめて自分の心の声や、近くにいる人の声には、耳を傾けてみよう。同じ世界の住人なのだから。


幽霊刑事 (講談社文庫)

幽霊刑事 (講談社文庫)