「化物語(上)」 西尾維新


「だからそんな顔をするな。そんな深い洞のような顔をするな」
 
 「化物語」は、怪異を吸い寄せる体質である主人公阿良々木暦が、町の廃ビルに住み着いた忍野メメという流れ者(定住地を持たず全国を行脚する覡(おかんなぎ)であろうか)から助言を得て、怪事件に立ち向かっていく物語である。

 登場人物は、ヒロインの戦場ヶ原ひたぎをはじめとして、エキセントリックで一癖も二癖もある人物ばかり。狂言回し役の主人公からして普通の人間ではないのだが、それでも彼がこの物語で一番の常識人であることに疑いの余地はないだろう。
 その常識人であるはずの彼、阿良々木暦と、特殊な性癖を持ったキャラ同士の掛け合いは、まさに当意即妙、丁々発止の遣り取りであり、常識と非常識の織り成すページェントに、ページを括るごとにニヤリとさせられる。これを、冗長で冗漫、作者の都合、ただのページ稼ぎじゃないか、と受け取るか否かでこの作品の評価は天と地ほど変ってくるはずだ。西尾氏の小説を読み慣れない読者にとっては、彼の文章こそ「怪異」に思えるのかもしれない。

 古来より、我々の先祖達は、理解し難い、名状し難いものを、「怪異」や「化物」と呼んできた。その最たるものが他ならぬ我々人間の感情である。戸惑いも、迷いも、そして願いさえも時に痛み、歪み、その形を変え翼を開く。「人」の「心」の均衡は、些細な事で解(ほつ)れ崩れ、異形の「化」け物に変わり果てる。それに取り殺されるか、立ち向かうか。「化物語」は主人公の阿良々木暦が、普通の少年の持つ煩悩に日々煩悶すれど、真っ直ぐに「怪異」=「感情」と向き合う物語でもある。だからこそ、本を閉じた後、鮮やかで、清冽な爽快感が読者の胸を満たすのだ。

 最後に、「ひたぎクラブ」という最初の短編の題名に、どこか言い知れない違和感を抱いたならば、すでにあなたは「怪異」に憑かれてしまったと言っても過言ではない。一刻も早く、この本を読み進めたほうがあなたの身のためである。